FEBRUARY 06 2020
ショートストーリー展出品作品
第一話『備忘録/隅〜かたすみ〜』
長い冬が終わり、春の暖かさが目の前までやってきたある朝…
先日亡くなった父親の遺品を母と二人で整理していた…
父が愛用していた万年筆を小さな小箱にしまい、アルバムや父の愛読書をダンボールの箱に詰め…
本棚の愛読書を詰め終わり、父の書斎デスクの整理に取りかかる。
机の引き出しに手をかけ、中を開けると…
小さな日記帳が出てきた…
中を読むと…日記はあの日から始まっていた…
そう…あの日1995年1月17日から…
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目の前に広がる闇…
目が開いているのか?閉じているのかさえわからないほどの闇の中で目が覚めた。
あたりを漂う煙の匂い…
立ち上がり両手を前に出し進み出す…
次第に目が闇に慣れ、目の前が明るさが増していく…
明かりの先に出ると、目の前には見えるはずのない山々が立ちはだかっていた…
状況が飲み込めず、あたりを見渡すと、天まで突き上げるほどの真っ赤な炎…
膝から崩れ落ち泣きじゃくる人…
道端にしゃがみこみ呆然とする人…
空を見上げると、不気味な色の真っ黒な煙が空を覆っていた…
それは、平穏な日々を一瞬にして覆した、1995年(平成7年)1月17日5時46分阪神淡路大震災の起こった…夜明けの光景だった。
目の前に広がる光景は、まるで戦時中にタイムスリップしたかのようだった。
倒壊した家屋、焼け野原となった住宅街…
どのくらいの時間が経ったのか…
防災無線が耳に入ってきた…
『(防災無線のアナウンス)5時46分…淡路島北部沖を震源とする大規模な地震が発生いたしました。住民の皆様はすみやかに地区指定の避難所に避難をしてください。繰り返します…』
我先にと避難所に急ぐ人たちの波に押されて、避難所に着いた…
そこは廃校になった中学校の体育館だった…
避難者名簿に名前を書き中に入ると、体育館いっぱいに避難してきた住民たちが冷たい体育館の床にダンボールを敷いて支給された毛布を羽織りいつ来るかもしれない余震に怯えていた…
体を休める場所を探し、体育館のなかを見渡すと、人一人分が横になれるくらいのスペースがあった…
と、そこに一人のおばあさんが後ろからやってきた…
『あら〜ここもいっぱいやね…』
そのおばあさんの足元をみると靴も履いておらず、泥だらけでパジャマ姿だった…
おばあさんの手を取り、グラウンド隅で焚き火をしていた人のところにいき、おばあさんに暖を取らせた…
グラウンドの隅にあった鹿威しの水を汲み取り、焚き火の上に置いてお湯を沸かした。
そのお湯を泥だらけになったおばあさんの足にかけ泥を落とし、役所の人から毛布をもらい、体育館の中に連れって入った。
幾度となく襲ってくる余震に怯えながら、さっき見つけたスペースにダンボールを敷いて、おばあさんを横にさせた…
おばあさんは最初は不思議そうな顔しながらも、横になると安心したのか柔和な笑顔を見せ、眠りについた…
数時間後おばあさんが目を覚まして、ポツリと呟いた…
『チロ…』
『地震にびっくりしてどっか行っちゃったみたいで…』
そう言うと首からさげていた、御守りの中から一枚の小さいな写真を取り出した…
『これがチロなんよ…』
そう言うと写真を手渡した…
『どこに行ったんかな?』
『チロ…は。』
おばあさんのその寂しそうな顔が気になり、徐に立ちあがり体育館を出ていった。
その小さな写真を手がかりにチロを探しに行ったのだった…
避難しようと歩く人波に逆らいながら、道行く人に写真を見せるが、皆首を横に振るばかり…
おばあさんのチロを探すのに我を忘れて探していると、西陽が目に入り…
ふと我に返る。
それまで、消防車や救急車のサイレン、我先にと避難しようとする車のクラクションの音さえ聞こえなかった耳にか細い猫の鳴き声のような音が聞こえてきた…
その今にも消えそうな小さな鳴き声を聞き漏らさないように、辺りを見回した。
火災で倒壊した古い家があった…
まさかと思いながらも、その小さな鳴き声に吸い寄せられるように、瓦礫をどけ、中に入っていく…
その小さな鳴き声は次第に大きく聞こえてきた。
焼け焦げた匂いとまだ残る煙が充満する中を手探りでかきわけ、目の前に和室が出てきた。
和室の襖を取り払い中に入ると、さっきまでか細かった鳴き声がはっきりと聞こえる。
行く手を阻むように倒れた家具を起こすと、そこに猫がいた…
おばあさんから預かった写真の猫…
チロだった…
チロの上に倒れていた家具…
それは仏壇だった。
観音開きの仏壇は地震の揺れに倒れたときに扉が倒れると同時に開き、支えとなってチロを守ってたようだった。
地震に驚いて出ていったはずのチロが何故ここにいるのか?不思議に思いつつも、チロを抱きあげようとしゃがみこむとチロもまた何かを守るかのように、何かを抱えていた。
チロを抱きあげ、チロが抱えていた物を取ると、それは小さな写真に入った軍服姿の兵隊さんの遺影だった。
とっさにその写真の軍服姿の兵隊さんはあのおばあさんのご主人とわかった…
チロと写真立てをしっかりと抱き、おばあさんの待つ体育館へと急いだ…
あたりは夕日が沈み、オレンジ色の風景から薄暗く闇へと変わっていく…
瓦礫が散乱し埋め尽くされた道をゆっくりゆっくり…足を進める。
2時間ほど歩き、体育館に着いた…
体育館の中に入り、おばあさんのところにチロを渡しにいった。
おばあさんは支給された毛布に包まり寒さに耐えていた…
おばあさんの横にそっと座り、チロを上着の中からとりだし、おばあさんの膝の上に乗せた。
『チロ〜ッ!!』
『あ〜チロや〜ッ』
おばあさんは嬉しいそうにチロを優しく抱きしめた…
『おおきにな〜』
『寒かったやろ?』
もうひとつ上着のポケットから写真立てを取り出し、おばあさんの手に握らせた。
『・・・!?』
『こ、これ…どないしたん?』
そっとおばあさんの膝の上で丸くなってるチロを撫でながら微笑む…
『そうなんやな〜チロがおじいさんの写真が守ってくれたんや…』
『ありがとうなあ〜チロ…』
チロにも再び会えたことに安心した顔をみせたおばあさんをみて、役目を終えたかのようにその場立ち去ろうとしたそのとき…
『!?・・・。』
『どこ行くん?』
『行くところあるんか?』
おばあさんの寂しいそうな問いに微笑みながらコクリと頷いた。
『そうか〜気いつけてな〜。』
『まだ、地震くるかもしれんから…』
『あ、あんた名前は?名前…』
おばあさんの言葉に首を横に振り体育館を後にした…
その後、おばあさんと若者が再会することはなかった。
それから時が経ち25年の歳月が流れた2020年1月17日…
時間も忘れ、父の日記を読んでいた…
なぜ、父がこの日記を残したのか…
ふと考えるとそれはすぐにわかった。
あの日の事をわすれないために…
あの日に大切な人を亡くした人のことをわすれないため…
あの日に亡くなった人のことをわすれないため…
父はその思いだけで、日記帳にあの日のことを書き記したのだと…
その日記帳を優しく抱きしめ、父の想いを受け継ごうと覚悟した。